AIは『思いやり』を持った反応ができるか? 国内最大規模フォーラム 長崎東高生が最優秀賞(長崎新聞)
先ずは高校生17歳にして目の付け所がすごい!!と驚いた。
チャットgptが出た時、学生が論文作成にチャットgptを利用すると知った時「人類愚民化政策じゃないかあー!」と叫んだことを覚えている。
と言いつつご多分に漏れず私もスマホにインストールした‥‥
ケアマネ業務がAIに乗っ取られる‥‥そんじゃあAIには作れないケアプランを人間ケアマネが作ればいいんだ・・・ならば乗っ取られることはない・・・そう高をくくっていたがそう言うわけにもかないかなぁなんてこの記事を読んでぼーっと考えた。
いよいよケアマネ業廃業・・・まあ、ちょうどいいかなんて考えた。実際世の中ひとがいない、足りない時代、ケアマネなんて面倒くさい仕事するやつはいない。AIでちょうどいい。これで社会保障費も国の思いのまま。
しかしながら「介護」の仕事はAIでとは行かない。目の前にいる支援すべき高齢者、障害者のところへAIは支援に行かない。
「お茶くださーい」と高次機能障害の行動障害。多量摂取のお茶要求にその都度チャットgptにどうしよー?と聞くか?
溢れんばかりの繰り返す未消化便、どーしよー?とチャットgptに聞いてチャットgptはなんと答えるだろうか?
そもそも何とチャットgptに尋ねる?
①より速く清潔に便臭なくするには?
②さっきもオムツ交換したばかりなんだけど・・・またしなきゃ?
③何で大量の未消化便、繰り返す?
まだまだ質問の仕方はありそうだ。
そう、お気づきか?
目の前で起きていることを誰の困りごとと捉えるかで私たち支援者の行動は変わる。
先日、あるスタッフが2階からの階段を一段一段横歩きで下っていた。
「膝がいたいのか?」と尋ねると昨年と同じ時期、また痛み出したと。
彼女は前職を膝の痛みで退職しうちに来てくれた。
帰り際玄関の上がり框を下る時が大変、この框の高さが膝に堪えるらしい。
彼女は看護師であり精神科病院の経験を持ちうちには貴重な人財、辞めては欲しくない。
何とかしなくては。住宅改修の要領、框の半分の高さに踏み台を作った。
他のスタッフの邪魔になってはならんと隅っこに踏み幅ギリギリで作った。
彼女はその後の出勤日に会うなりお礼を言ってくれた。良かったとこれで少しは負担は減るだろうと安堵した。
しかし、彼女が明けで退社、玄関ですれ違ったスタッフが彼女に向かって
「(踏み台)邪魔で躓きそうになった!!」なんとも冷たい視線で彼女を睨みつけた。
彼女は困まりすみませんと。
玄関の外にいた私はその冷たい視線、こんな顔をする人間がいるんだ、テレビのドラマの世界だけじゃないんだと唖然・・・何も言い返せなかった情けなさと彼女に申し訳ない気持ちで数日考え込んでしまった。
アドラーは「他者への貢献感を持てることが幸福である」と言った。
正に私たちの仕事に通づるところでありアドラーの言葉を実証するにうってつけかと思うが、残念ながら全てはそうはいかなかった。
更に残念ながらだから認知症ケアができないことに気づいた。
数日ぶりに帰宅し半べそかきながらことの顛末と悔しさを夫に訴えたが収まらない。
この業界、Fuzzyな言葉に溢れている。
優しさだとか寄り添うだとか、‥‥そうこの記事の「思いやり」も同じく。何をもって思いやりを感じるのか?おっしゃる通り「思いやり」と感じるのは人それぞれ。
「思いやり」とは決して相手のためじゃない。自分の存在価値のために必要なこと。
だから実は「思いやり」は全て相手には伝わっていない、相手は「思いやりに気づいていない」
それでも相手を思いやる気持ちと行動にでるのは何故?
誰かが「存在がすでに他者に貢献している」とも言っている。
数多くの人間のデータの積み重ねで学ぶAIが「貢献感と幸福感」を学ぶだろうか。
AIにそもそも貢献感や幸福感がある訳がない。ならば、アドラーの貢献感が理解できないならば、AIの回答は常にスタッフサイドの困りごと回答・・。
やはり、認知症ケアはAIには任せられないな!
あの時の悔しさとあの顔を忘れることができない。
AIに聞いてみよう、この冷たいスタッフをどうしたらいいかと。
きっと私都合の回答が返って来るに違いない。