「家族と一緒に暮らし、食べていける。まず、それさえ保障されればアフガニスタンの人々は満足してくれる。紛争も収まっていく」
先日、アフガンで何者かに銃撃され亡くなられ医師中村哲さんの言葉です。
「人道支援」は様々な形で行われています。今年亡くなられた、国連難民高等弁務官の緒方貞子さん、お二人は現地主義を貫いた。
中村哲医師は「武器ではなく命の水を」と訴え大干ばつで苦しむアフガンで井戸を掘り、用水路を造られました。
よく言われる「人道支援」と違うところは、たくさんのお金やゼネコンを投入し最新の技術や機材でものを作ったのではなく、現地に合う技術、材料、そして現地の人を使い用水路を作った。それにより現地にはたくさんの熟練工が育った。
中村哲医師はその場限りの支援ではなく、自らが生きていく方法を一緒になって考え動いた。水と食糧を与えるのではなく自らが得る方法を伝えたのです。
緒方貞子さんも言われていますが、してあげるのではなく、「必要なのは難民に対する尊厳です」と。
「してあげる」のではなく、生きる人として命を守り人生を支える支援をされてこられた。
たくさんのテロや内戦の兵士は多くが傭兵、彼らは生きていくために兵士にならざるを得ない。
中村哲医師は無医村地域での医療活動をしながら、多くの死亡の原因は感染症による慢性化する下痢。「医療よりも水」が必要と。
中村哲医師は大干ばつにより干上がった土地では農業もできない、働くことができないなかで、傭兵として働くしかない、テロや内戦が続けば人は死に憎しみは連鎖して繰り返される。必要なのは水、食糧、そして農業を営める土地。
用水路を作り砂漠の緑化を始めます。
彼の活動で難民となり国を離れた人々は土地に戻り農業を始めます。
家族と共に食べて行く生活…当たり前のようですが、難民と言われる人々にはそれすらもできずにいたのです。
何十万という人々が当たり前の生活を取り戻した。彼らが水と食糧、仕事に不安なく生活できればやがて子供が生まれる。新たな命も中村哲医師の活動は生みだしたことになるのです。
「平和に武器はいらない」とも言われていたと。
私たちには関係のない話のように見えるかもしれません。しかし、日本も、たくさんの支援をしています。復興支援と自衛隊による戦争支援。
中村哲医師は
「殺しながら助ける」支援というものがありうるのか。干渉せず、生命を尊ぶ協力こそが、対立を和らげ、武力以上の現実的な「安全保障」になることがあると。
とも言われています。
紛争は悲しみと憎しみしか生まない。中村哲医師の銃撃はテロリストによるもの見られています。
中村哲医師の死が新たな憎しみをうまず、また、中村医師の意思を引き継ぐ人々によりアフガンの緑化と平和な生活が続けられることを祈りたいと思います。
中村哲 医師のご冥福をお祈りします。